« 彼女の血はキンモクセイの匂いがした | トップページ | 頻尿気味の日々 »

2010年11月20日 (土)

生きてあげようかな

 ■先日、大切な友人が死んだ。
 哀しい最後だった。
 けれど、お葬式も終えたのにボクは未だに現実感が無かった。
 一緒に遊び、仕事をし、色々な相談にも乗り、掛け替えの無い時間を過ごした仲間。
 その遺体を見ても何だか置物の様で、不謹慎だが何かの冗談にしか思えなかった。
 暫くすればまた会える…そんな気がしてたまらないのである。

 これは一種の自己防衛本能なのかもしれない。
 今敏さんの時もそうだった。
 胸の奥、心の裏側から杭を打ちつけられた様な衝撃を受けてめまいがした。
 しかし今さんの遺した作品を眺めていると、心がまっさらになる気がしたのだ。
 受け止められない現実は何かに誤魔化されて体の奥底に沈められていく。
 それで良いのか悪いのか…今のボクには判断できやしない。

 約10年前、最愛の祖母を亡くした時には後悔の念に押し潰されそうになった。
 何でもっと話をしなかったのか、何でもっと笑顔を見せなかったのか、何でもっと抱きしめてあげられなかったのか。
 その時に学んだことは『愛せるものは愛せる内に愛さねばならない』というある種、当然の様なひとつの答えだった。
 けれど人間は麻痺していく。大丈夫だ。何とかなる。
 そうやって前向きにも似た想いで大切なものをはぐらかす様になってしまう。
 生きていくには仕方の無いことだ。
 でも、いつだって気付いた時には遅いのである。

 その友人に出来ることはまだまだたくさん有ったのでは無いだろうか。
 きっと今回の出来事でそういった悔いや怒りを持った者は少なくないと思う。
 けれど今更なのだ。全てが、今更。
 哀しいけれど、今はただ冥福を祈り、彼の笑顔を忘れずにいることだけしか出来ないのである。

 生きていかねばならない。なるべく正直に、恥ずかしさは捨てて、愛せる人を愛していかねばならない。
 作品だって一緒だ。止まってはいられない。書きたいモノを常に書いていかねば読者には届かない。
 いつか自分にだって終わりがくる。
 それまでの間に、幸せになろう。

 ■とは云うもののショックで筆は進まずorz
 こんな状況でも仕事はしなければならない現実。
 大人って凄ぇなと改めて思う。
 とにもかくにも美味い酒を飲んで明日をしっかりと生きていかなきゃだわ。
 1973年モノのハイランドパークちょお美味かったなぁ…恍惚(ヨダレ
 明後日も町田ビアホッパーで飲ま飲まイェイだぜ!!
 って、結局お酒なボクでした。まる。

|

« 彼女の血はキンモクセイの匂いがした | トップページ | 頻尿気味の日々 »

コメント

自分がどう考えたり行動しても時間は均等に経過して
時にはいたずらに思えるように生きて
自分自身のあり方は良くも悪くも変わらないけれど
積み重ねた時間で自分という生き物との折り合いのつけ方はうまくなったなと最近思う事が多いよ。

自分で自分を手早く納得させないと時間は待ってくれない
そんな事を続けているうちに
ああ俺
他人に答えを求めなくなったな~
なんて思う。

俺は昔から自己完結型の人間だけど
自分で自分からの返事や答えを待たずに
オートマティックに答えを出すようになった
理不尽になれずに
どこかピントがずれている
そんな自分を詫びようとも
どこかうまく謝れない

なかなか自分は変えられないのに
なかなか理想の自分になれないね。


こんな俺ですまないけど
こんな言葉にしかできないけど
せめて祈らせてほしい。
どう生きて、どんな最後を迎えたとしても
生きていた事は嘘ではない。

投稿: TATE | 2010年11月23日 (火) 00時50分

>タテっち
俺もただただ祈るばかりだわ。
人生で一番考えがこんがらがっている状態だなぁ。
後悔しない様に、後悔させない様に、しっかりと生きて行くなら自分で納得できる様生き急ぐくらいで丁度良いのかもね。
頭のタービン回す回す!!
そして充電できたらまた歩き出すのだ。

投稿: まてば | 2010年11月23日 (火) 23時55分

この記事へのコメントは終了しました。

« 彼女の血はキンモクセイの匂いがした | トップページ | 頻尿気味の日々 »