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2012年1月 1日 (日)

友へ、みんなへ、相方へ。

 ■世界は始まり、そして終わり続ける――

 ■冬コミに参加された方々、お疲れさまでした!
 そしてぢまに足を運んでくれた方々、本当にありがとうございました!!
 少々の困難はあったものの、めでたくさくらぢまこみパのラストを飾れたと思います。
 最後という事もあり、みつみさんたちや犬威さんに挨拶しに行けなかったのは至極残念でしたが、ボクは西館から全く出られず仕舞いでしたorz
 館外まで出来た列をさばきまくって、ようやく列が途絶えたのが14時過ぎ……そして挨拶に来てくれた人に対応できたのが15時過ぎ。いや、ムリじゃね?
 ひと息つける頃にはコミケ終わっちゃったYO!
 一日5000部とかそれ以上とかさばいている人いったいどうやってんの!?
 まあ、ありがたい事に売れ行きの方は良かったのですが、新刊脚本の方が早めに終わってしまって申し訳ありませんでした。見誤り。
 再販するかどうかはまだ確定できませんが、善処したいと思います。
 ともあれかくあれ、これでようやくひと区切りつきました。ホント、ようやくです。
 今日は自分への覚え書きとして今の心境を綴っておきたいと思います。
 膿を出し切る為に少々ウダウダと語り続けますがご了承ください。

 ■周知の通り、ボクがこの世界に足を突っ込んで早10年になります。光陰アローの如し!
 高校の時に相方や仲間に出会って同人を知り、同時に脚本と云う世界を知りました。
 そして脚本で賞を取ったり漫画の読み切りデビューをしたりと紆余曲折あって今に至ります。端折り過ぎかw
 相方は立派にイラストレーターとして一人立ちしました。
 まだまだ未熟で、不安や悩みも多いだろうけど、それでも立派な一人立ちです。
 それに引き替えボクは鳴かず飛ばずのまま。野ざらしのう○この様に干からびておりまする。
 正直、脚本家はもうダメだーと、諦めに似た感情も生まれてはいます。
 相方が漫画を描けなくなってから、ボクの存在意義は失われた……と云うのは言い過ぎかもしれませんが。ホント、まだまだ甘ちゃんなんです……。
 発行している上で云うのはアレですが、やはり脚本だけでは意味が無いのです。価値はあっても、意味は無い。
 現実、みんなはバーニアの漫画を求めていたのだと思います。
 ボクは自分で本を出す度にその嬉しさの半面、申し訳なさでいっぱいでした。
 脚本以上の仕事を出来ない自分が悔しい。けれど、他に方法は見つかりません。
 だって脚本家なんだもの。この道を選んで歩んできた自分に、少しばかり苛立ちを感じてしまう。
 未熟でも誇れる作品はあるけれど、未熟で誇れる自分はどこにもおりませんでした。
 築き上げてきた今のさくらぢまの形は、成長と云うよりも進化なのかもしれません。
 昔ほどのバカは出来なくなりましたが、それが研ぎ澄まされた新しい形なのです。
 そして、良かれ悪かれそれはしっかりと世間に受け入れられたのだと思います。

 ■専門学生の時に初期のさくらぢまメンバーと出会い、それがきっかけでこみパと出会いました。
 こみパで何よりも衝撃的だったのはやはり主人公・和樹を引っかき回しながらも引っ張り続ける『九品仏大志』の存在でした。
 人知を超えた考えと己の道理をしっかりと併せ持つミラクルなタフガイw
 何よりも和樹と漫画で世界征服を成し遂げんとする屈強な意志に憧れを抱きました。
 ボクは相方にとっての大志になりたかった。
 けれども、結果、なれず仕舞いだった。
 今思い返せばボクは相方の力を信じていたのではなく、その画力にただ甘えていただけなのだと思います。
 売れる方法さえ、みんなが楽しめる方法さえ考えていれば盤石なサークルに出来ると決め付けておりました。
 それは半分正解で、半分間違っていた……と、結果論ですが今更ながら思い知らされました。
 当然ですが、相方は機械ではなく、人間です。
 大志の様に導くならば、もっとしっかりとしたフォローとケアーが必要だったと痛感しております。
 相方へ。不甲斐なくてすまなかった。俺はもっとちゃんとしたライバルになるべきだった。そしてもっと戦うべきだった。もっと切磋琢磨して共に進むべきだった。
 けれど俺は立ち止まってしまった。実力の差、現実に打ち勝てなかった。
 無難なシナリオで逃げていたのかもしれない。
 いや、実力が無くて無難にしか書けなかったんだ、きっと。
 諦めに似た何かは、着実にボクの心を蝕んで行きました。

 ■以前、知人が「残念ながら“想い”は変わってしまうものだ」と云っていました。
 情熱が燃え盛っていた当時は「そんな事は無い!」と思っていましたが、今は充分に納得できます。
 人は変わる。時代が変われば環境も変わる。そして心変わりだってする。
 それは進化なのか逃げなのか適応なのか分かりません。
 けれど、着実に人は変わっていくのです。
 しかしそれじゃあ何か寂しい。寂しすぎる。
 そんな時に犬威さんやみんなとの合同誌『アフターパーティー』を発刊しました。
 ボクは目が覚めました。前向きに考えれば、想いは“生まれ変わる”のではないか、と。
 だがその時、それと同時に自分の中の大志に問い掛けられました。
 「ではお前は一体どうしたいのだ」と。
 ボクは今の今までその問いに答えられませんでした。答える資格が無かった。
 中途半端な想いで作品を作ってしまっていた。
 自分で云ってはいけないことかもしれないけど、そんな中で書いた帝国本は間違いなく駄作になってしまった。
 未だに自分自身、納得ができない。情けなさ過ぎて涙も出ない。作中で頑張ってくれたキャラクターたちに、読んでくれた人たちにまっすぐ目が合わせられない。
 自信の無さは自分の取り得である情熱をも奪って行きました。

 ■そして止めは仲の良かった友達の死と、ある方との仕事の失敗。そして、尊敬する今敏さんの死でした。
 今敏さんは自分が脚本家で精進して行く為の指針でもありました。
 いつか自分の脚本を使って貰える様、ちまちまとですが企画やプロットも練っていました。
 しかし、今さんは眠ってしまわれた。人の力ではどうする事も出来ない。
 何もかもがショックだった。ただただ鉛の様なぶ厚い現実の壁がそこにはありました。
 それ以来、今までの自分からは信じられないほどのスランプに突入してしまったのです。
 今もまだスランプからは抜け出せません。何も良い事が思い浮かばない。
 けれど、それはもしかしたら今までとは全く違う新しい自分なのかもしれません。想いが生まれ変われるとしたらではあるけれども。

 ■このままではイカン! と奮い立ったのは投稿用小説の2本目を書き上げた後でした。
 自分の作った小説のまぁつまらないこと! しかし、そこが大切な一歩でした。
 ボクが目を逸らしたかった現実が確かな重みとなって自分の手元に現れたのです。
 ボクが脚本家を超えて一人立ちをする為には、これを“使えるモノ”にしなければならない。
 その時、僅かですが心の底から何かが湧く……いや、沸くのを感じました。
 そして、この先このまま死んだ様に生きるか、しっかりと生きて花実を咲かせるかどうか……そんな“答えが当たり前の選択肢”がボクの前に現れました。
 ボクの中の大志が再び問う。
 「お前の胸に燃え盛る心はあるか」と。
 背筋が伸びる。あごが天を向く。瞳がギラつく。思わずニヤケる。
 むかーしの日記で自分がこう云っていました。
 「生きるか死ぬかと問われたら、生きるだろう?
  書くか書かないかと問われたら、書くだろう?
  だからやるしかないのさ。
  俺たちは、想いを作品で継ぐ者だからな」と。
 モノカキ魂。ボクは、再びペンを執る事で応えました。
 結局ボクは書く事でしか自分を示せないのだと実感します。

 ■諦めず脚本を書いて生きて行く。小説も、漫画だって描く。ブレるんじゃない。振動して行くのだ。自分の波長を、世界と共鳴させるのだ。その為だったらどんな事だってする。自分を、そして“作品”を示して行くのだ。もっと人の心を、揺さぶりたい。
 その為には越えて行くしかない。死も、不条理も、何もかもを。自分の頭と指先で、弾き飛ばすしかない。
 今まで漫画に創作に芸術に、本気で向かい合ってきた人たちの顔を思い出す。
 その中に自分も入っていけるのだろうか。不安が立ち込める。
 道は違えど、自分は今さんの後を追っていけるのだろうか。ボクの視界の隅で悪魔が笑う。
 今からでも、相方の良きライバルになれるだろうか。否。なるしかないのだ。
 ボクがさくらぢまのマテバたる者だとしたら、他に行く道は無いのだ。
 進化した形に乗り、上手く漕ぎ進めねばならないのだ。
 そして塗り返さねばならない。過去の栄光を。未来の輝きに。
 眠るにはまだ早すぎる。あと1本線を引いたら、あと1行書き上げたら……その繰り返しで今を築き上げよう。
 ボクは高望みをして生きて行こうと思います。
 そして、これからのさくらぢまをもっと高みに上げたいと思います。(活動を続けられたらね)

 ■今、ぢまのこみパが終わった素直な心境としては『トキメキ』です。
 これは色んなぶらざーに怒られるかもしれないけど、ボクはたぶんこみパの30%ほどしかプレイしておりません。
 何故ならば『終わっちゃうのがイヤ』だからです。作者泣かせw
 ボクは昔から好きな物ほど遠ざかる癖があります。
 漫画で云えばアフタヌーンで連載している植芝理一さんの『謎の彼女X』が全巻持っていつつ読者プレゼントのポストカードまで手に入れておきながら未だに1巻も読んでおりません。
 たまーにペラペラめくってはニヤけて閉じるを繰り返すばかり。
 何故ならば自分はこの作品を『好きに決まっている』と決め付けているからです。やはり作者泣かせ。
 想像するのが、妄想するのが楽しい。その余地があれば無限に展開だって出来る。
 その『可能性』が好きすぎてボクはダメ人間になっているのかもしれません。
 では何故トキメキを覚えるのか。それはシンプルです。
 『プレイすれば想像や妄想以上に“可能性”が増えるから』です。それも分かった上w
 ボクは30%+妄想で10年やってきたワケです。
 ならば残りの70%あれば……と、その可能性にトキメく訳であります。
 そこにはきっと、誰に頼らずとも描ける物がある。
 もしかしたら、バーニアのイラストとボクの書く文字だけで綴れる日常があるかもしれない。
 でもそれはオリジナルでも一緒。だからこそトキメく。イチから作れば、こみパ70%の比じゃないかもしれないのです。
 だからこそ創作は楽しい。一行書き出すのにゲロを吐く苦しみを覚えても、また懲りずに書いてしまう。
 こみパも創作も、愛してる!
 きっと30年は戦って行ける(ぉ

 ■友達らに借りた借金が100万近くある。
 彼女もおらず魔法使いにもなった。
 それでも上等じゃねえか。腹の底から燃え盛るモノがある。
 まだ八方手を尽くしてはいない。
 今だからこそやれる事がある。底辺だからこそ上って行く事もできる。
 自分で自分を押し上げろ。毎日がラストチャンスだ。
 ワンスモアではなく、ラストチャンス。
 今まで何度も本気にはなった。
 だが今回を超える本気は無い。『本気』ってイレズミを彫ってもいいぐらいだw
 オ○ニーだって止めてもいい。酒は控えられる自信が無いけれど(ぉ
 景色が変われば心も変わる。想いもきっと、生まれ変わる。
 スランプなのではない。ゼロになった自分が今の自分なのだ。学べ学べ! 自由に学べ!
 友よ、見守っていてくれ。
 みんなよ、期待していてくれ。
 相方よ、良きライバルたれ。
 今さん、ボクも必ずヴァルハラへ参ります。

 結局何が云いたかったかと云うと……

 友へ、みんなへ、相方へ。
 “新年”明けましておめでとうございます!

 やったるどぉおおおおおおおおおおっ(気合い

 ■世界は終わり、そしてまた、始まり続ける――

 ■あ、個人サイト作りました。
 これは足掻きではなく行動していく為の“支え”です。
 まぁどう転んで行くかは分からないけど、今年もどうぞシクヨロでっす!

 http://sukoyami.iiyudana.net/

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